人吉駅 青井阿蘇神社 [旅行]
11月上旬、人吉・球磨地方を旅行した。僻地のイメージが強いところだ。熊本空港からだと1時間半ぐらいだが、鹿児島空港からだと1時間ですむ。熊本県の南端、鹿児島県との県境にある。
人吉は人吉盆地にあり、戦略上の要衝とはいえない。相良家の統治が長く続いたのはそのためだ。
寂しいところを好むようになった。都会には疲れを覚える。身の置き所がない気がする。都会は活動の場であり、老後を過ごす場ではない。
賃貸暮らしなので、いつでも引っ越せる。そろそろ引っ越し先を考えなくてはいけない。旅に出るのは引っ越し先をどこにするかを調べる意味もある。
JR人吉駅。くま川鉄道の駅も隣接する。
くま川鉄道。
人吉駅から徒歩で5分ほどで、青井阿蘇神社に行ける。青井阿蘇神社の社殿は国宝である。
国宝に指定されているとやはり気になる。一度は訪ねてみたい。
こういってはなんだが、国宝に指定されたのは、地域振興の意味もあったように思う。世界遺産も同じだが、過疎地の観光対策という意味が大きいように思える。私には重要文化財と国宝の区別がつかない。
(追記)参拝した翌年の2020年7月に、人吉市は集中豪雨による洪水被害を受けた。青井阿蘇神社も水に浸かり、被害を受けた。
人吉は人吉盆地にあり、戦略上の要衝とはいえない。相良家の統治が長く続いたのはそのためだ。
寂しいところを好むようになった。都会には疲れを覚える。身の置き所がない気がする。都会は活動の場であり、老後を過ごす場ではない。
賃貸暮らしなので、いつでも引っ越せる。そろそろ引っ越し先を考えなくてはいけない。旅に出るのは引っ越し先をどこにするかを調べる意味もある。
JR人吉駅。くま川鉄道の駅も隣接する。
くま川鉄道。
人吉駅から徒歩で5分ほどで、青井阿蘇神社に行ける。青井阿蘇神社の社殿は国宝である。
国宝に指定されているとやはり気になる。一度は訪ねてみたい。
こういってはなんだが、国宝に指定されたのは、地域振興の意味もあったように思う。世界遺産も同じだが、過疎地の観光対策という意味が大きいように思える。私には重要文化財と国宝の区別がつかない。
(追記)参拝した翌年の2020年7月に、人吉市は集中豪雨による洪水被害を受けた。青井阿蘇神社も水に浸かり、被害を受けた。
上高地 梓川 [旅行]
五千尺ホテルでランチを食す。フレンチで、苦手だった。量が少ない。昔は、ナッツ類を持参して補ったものだ。今では、少量でも大量でも、胃が無感覚になっているので気にならない。何かを口に入れればいいという感じだ。これが老化の現実だ。
食事後、出発時間までまだ時間があったので、明神池方向に歩く。もちろん、明神池に行く時間はなかった。途中までだ。
これが上高地への最後の旅行だ。いつが最後になるかは自分決めておかないといけない。そういう年齢になった。
知人と分かれるとき、それが最後の出会いになるとはほとんど考えたことがない。それが、訃報を知って、あれが最後の会話だったのかと、あとで気が付く。もっと話しておけば良かったと思う。
これからはそういうことが尚更多くなるだろう。
食事後、出発時間までまだ時間があったので、明神池方向に歩く。もちろん、明神池に行く時間はなかった。途中までだ。
これが上高地への最後の旅行だ。いつが最後になるかは自分決めておかないといけない。そういう年齢になった。
知人と分かれるとき、それが最後の出会いになるとはほとんど考えたことがない。それが、訃報を知って、あれが最後の会話だったのかと、あとで気が付く。もっと話しておけば良かったと思う。
これからはそういうことが尚更多くなるだろう。
タグ:上高地
上高地 河童橋 [雑感]
上高地、河童橋。
観光客多数。考えてみれば、私もその一人だ。翌日の22日が天皇即位式で祝日だった。去年買ったカレンダーには記されていない祝日だったな。そういえば、同じカレンダーでは12月23日は天皇誕生日で連休になっているが、新しいカレンダーではなくなっている。天皇誕生日は来年は2月23日で日曜日。翌日の24日が振替休日で連休になる。2月の連休ではなぁ。
観光地の観光客を眺めていると、世の中、平和だと思う。いつまで続くか…。知る由もなし。先のことは分からない。
観光客が多かったのは、黄葉シーズンだったからだ。
タグ:上高地 河童橋
上高地の続き [旅行]
10月21日。上高地を大正池から河童橋まで歩いた。
自然研究路の湿原前。以前、ここを通ったとき、元気溢れるオバちゃんの一団に出会ったな。奥穂を横断してきたという。威勢のいいこと。”老婆は死なず”です。
なお歩く。
田代橋前。
田代橋から見る。結構な風景でした。
時計を見る。五千尺ホテルにランチの予約がしてあったので、先を急ぐ。梓川の向う岸にバスが見えた。上高地の駐車場である。河童橋は近い。
写真では美しい光景である。こんなに綺麗だったかなと思う。
自然研究路の湿原前。以前、ここを通ったとき、元気溢れるオバちゃんの一団に出会ったな。奥穂を横断してきたという。威勢のいいこと。”老婆は死なず”です。
なお歩く。
田代橋前。
田代橋から見る。結構な風景でした。
時計を見る。五千尺ホテルにランチの予約がしてあったので、先を急ぐ。梓川の向う岸にバスが見えた。上高地の駐車場である。河童橋は近い。
写真では美しい光景である。こんなに綺麗だったかなと思う。
タグ:上高地
上高地を歩く [旅行]
上高地、大正池から田代橋へ歩く。
少年時代にも歩いたはずだ。大正池と河童橋は覚えている。60年前の上高地というと、交通が不便だった。島々駅からバスに乗って行ったが、山道で、道は舗装されていず、車酔いして気分が悪くなったものだ。吐いてしまう人もいた。
二度行ったが、その時の酔いを思い出すと、行くのが恐くなった。10年ほど前にやっとツアーで行ったのだから、半世紀ほどは無縁だった。
今では道も整備され、トンネルも多くなり、山道をクネクネと走ることが少なくなった。車酔いする人もまずいないだろう。新しいトンネルを掘っているのでなお楽に行けるようになる。しかし、その分、沿道の景色を楽しむことはできなくなる。
散策していて思い出すことは、あの時、一緒に歩いた人のこと。少年時代のことで、その後はバラバラになってしまったから、今どこで何をしているのか、全然分からない。もう死んでしまっているかもしれない。人間の縁は思ったほど強くない。それとも私の性格だろうか。
あの当時は、何を考えていたのだろうか。ともかくも、現在の自分を予想できなかったことは確かだ。幼少年時代の自分と現在の自分が結びつかないのだ。思えば、遠くに来たものだ。
少年時代にも歩いたはずだ。大正池と河童橋は覚えている。60年前の上高地というと、交通が不便だった。島々駅からバスに乗って行ったが、山道で、道は舗装されていず、車酔いして気分が悪くなったものだ。吐いてしまう人もいた。
二度行ったが、その時の酔いを思い出すと、行くのが恐くなった。10年ほど前にやっとツアーで行ったのだから、半世紀ほどは無縁だった。
今では道も整備され、トンネルも多くなり、山道をクネクネと走ることが少なくなった。車酔いする人もまずいないだろう。新しいトンネルを掘っているのでなお楽に行けるようになる。しかし、その分、沿道の景色を楽しむことはできなくなる。
散策していて思い出すことは、あの時、一緒に歩いた人のこと。少年時代のことで、その後はバラバラになってしまったから、今どこで何をしているのか、全然分からない。もう死んでしまっているかもしれない。人間の縁は思ったほど強くない。それとも私の性格だろうか。
あの当時は、何を考えていたのだろうか。ともかくも、現在の自分を予想できなかったことは確かだ。幼少年時代の自分と現在の自分が結びつかないのだ。思えば、遠くに来たものだ。
タグ:上高地