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トッド・ブラウニング [映画]

「魔人ドラキュラ」(1931年)を見る。ベラ・ルゴシ主演、監督がトッド・ブラウニング。

戦前の邦題は面白い。「魔人」ですからね。戦後、イギリスで製作されたドラキュラ映画は、そのものズバリで「吸血鬼ドラキュラ」という邦題だった。

「吸血鬼ドラキュラ」の予告編を映画館で見たときは、余りに怖くてショックを受けた。その影響か、ドラキュラときくと、毛嫌いして避けていたものである。

ベラ・ルゴシ主演の「魔人ドラキュラ」はトーキー初期で、セリフはゆっくりと明瞭に語らなければならない制約があり、何か、歌舞伎を見ている気がした。

目の怖さは抜群だが、こればかりだと、後半には慣れて、ユーモラスに思えるようになった。この「魔人ドラキュラ」は怖くない。

監督がトッド・ブラウニング。この監督で思い出すのはなんといっても「フリークス」である。実物の障害者のオンパレードで、公開されたときは映画館が悲鳴に満ちたという。

社会的に批判されたことで、トッド・ブラウニングの映画生活は事実上終了した。

大批判を浴びた「フリークス」はカルト・ムービーとなり、映画史に残る作品となったのは皮肉なことである。
「フリークス」の邦題が「怪物團」である。障害者=怪物である。戦前の日本社会の風潮がわかる。

トッド・ブラウニングは晩年は忘れ去られた。友人宅の台所で死んだそうで、なにやらわびしい。

映画関係者は華やかなスポットを浴びただけ、晩年と死に方が気になる。どういう成功をしたものであれ、死に際は苦しく、ろくでもない。

”尊厳”のある死など望むべくもない。死に際はみっともない。それも宿命として受け入れなければならない。

死に際をカッコよくしようなどとは思わないことだ。


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