安房国分寺 洲崎神社 [雑感]
古い写真だが、2004年10月のもの。館山まで出かけたのだ。
今、館山へ行くなら、横浜から高速バスを利用するところだが、当時はそんなことは頭になく、東京湾フェリーを使い、久里浜から浜金谷まで乗り、ここから内房線で館山に行ったのだった。
まず、安房国分寺へ行った。館山駅から東へ2.5キロのところにある。行きはタクシーを使い、帰りはバスに乗った。当時の手帳を見ると、そういうことである。
ところが、安房国分寺へ行ったという記憶がまったくない。昔の写真を見て困惑するのは、記憶にない風景に出会うことだ。幻を見る気がする。オレはどうなっているのだろうかと、自分を危ぶむ。
当時は、一ノ宮と国分寺に興味があったので、出かけたものなのだろう。
参道に薬師如来の幟が並んでいた。
テントがあり、地元の人がいた。こういうことは、本尊の薬師如来の御開帳期間中だったことを示す。接待を受けたかもしれないが、当然、まったく記憶にない。
安房国分寺からバスで館山駅に戻る。再び、バスに乗り、洲崎神社へ行く。安房一ノ宮とされている。
安房国は、房総半島の南部にあるが、洲崎神社は、東京湾に突き出た岬にある。
安房(あわ)は「阿波」に通じる。忌部氏が四国の阿波から黒潮の流れに乗って房総半島の先端にたどり着いたのだ。この地方の方言は、房総半島の他の方言とは違うという。
社殿。
社殿の背後にあがり、太平洋を見る。目の前に伊豆大島が見えるはずだが、写真には写っていない。
洲崎神社からバスで館山駅に戻った。
今、館山へ行くなら、横浜から高速バスを利用するところだが、当時はそんなことは頭になく、東京湾フェリーを使い、久里浜から浜金谷まで乗り、ここから内房線で館山に行ったのだった。
まず、安房国分寺へ行った。館山駅から東へ2.5キロのところにある。行きはタクシーを使い、帰りはバスに乗った。当時の手帳を見ると、そういうことである。
ところが、安房国分寺へ行ったという記憶がまったくない。昔の写真を見て困惑するのは、記憶にない風景に出会うことだ。幻を見る気がする。オレはどうなっているのだろうかと、自分を危ぶむ。
当時は、一ノ宮と国分寺に興味があったので、出かけたものなのだろう。
参道に薬師如来の幟が並んでいた。
テントがあり、地元の人がいた。こういうことは、本尊の薬師如来の御開帳期間中だったことを示す。接待を受けたかもしれないが、当然、まったく記憶にない。
安房国分寺からバスで館山駅に戻る。再び、バスに乗り、洲崎神社へ行く。安房一ノ宮とされている。
安房国は、房総半島の南部にあるが、洲崎神社は、東京湾に突き出た岬にある。
安房(あわ)は「阿波」に通じる。忌部氏が四国の阿波から黒潮の流れに乗って房総半島の先端にたどり着いたのだ。この地方の方言は、房総半島の他の方言とは違うという。
社殿。
社殿の背後にあがり、太平洋を見る。目の前に伊豆大島が見えるはずだが、写真には写っていない。
洲崎神社からバスで館山駅に戻った。
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