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3月17日 東京ニューシティ管弦楽団定期演奏会 [音楽]

2018年3月17日。14時~16時10分。東京芸術劇場で東京ニューシティ管弦楽団の定期演奏会を聴く。

指揮は、曽我大介。ピアノは干野宣大。

プログラムでは、ベートーヴェンの序曲「コリオラン」から始まるはずだったが、いきなりピアニストの干野宣大が出てきて、ピアノ独奏を始めたのにはビックリした。これは、どうなっている?と戸惑う。

帰りに掲示が出ていた。ラフマニノフの前奏曲3-2「鐘」を演奏したのである。この独奏が終わると、そのまま序曲「コリオラン」が演奏され、「コリオラン」が終わると、続けてラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が演奏された。

つまり、前半は、ラフマニノフの前奏曲3-2、ベートーヴェンの序曲「コリオラン」、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が一連の曲として演奏された。指揮者の意向と掲示に書いてあったが、変更される場合は、前もって掲示されるのが常識だ。

曽我大介という指揮者はかなりクセのある人と思われる。プロフィールを読むと、ルーマニアと関係が深い。ブザンソンとキリル・コンドラシンの指揮者コンクールで第1位になっている。実力はあるのだろう。

指揮ぶりは大柄だった。スケールも大きい。教科書的な演奏をする日本人指揮者が多いが、思い切って指揮する人だ。他のコンサートも聴きたくなる。

干野宣大が弾いたピアノはホロヴィッツが好んだ”ヴィンテージニューヨークスタンウェイ”であるという。パワーと色彩感が違う(らしい)。

曽我大介の指揮と相まって第2楽章は、この曲にふさわしく”不倫?”モード満載の演奏となった。ここが白眉だったと言える。

アンコールはショパンの遺作のノクターンだった。

いいピアノなのかもしれないが、弾き方が難しいのではないだろうか。アラが出やすいように思う。

後半は、シベリウスの交響曲第2番だった。曽我大介は思いきってメリハリをつけていた。東京ニューシティ管弦楽団の音にもう少しコクがあったら、もっと感動的になっただろう。

この曲は好きだが、いつもレコードで聴いて疑問に残るところがある。第4楽章で、印象的な第一主題が中間で再現される。劇的で素晴らしい。ここで終りかと思うと、いったん鎮まって、コーダへと徐々に積み上がっていく。もう少し積み上がるのかと思うと、尻切れトンボのような形で終わってしまう。不満が残る。

マーラーの交響曲第1番と同じだ。

今回、ホールで聴いてみると、コーダの音の拡がりが素晴らしい。どうもレコードで聴くと、この拡がりが感じられないようである。レコードの限界か。




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