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2013年12月4日 陸前高田 [旅行]

2013年12月4日、陸前高田市に行った。津波で壊滅的被害を受けた場所だが、震災前年の2010年7月7日に観光に行った。陸前高田の松原を見に出かけたものである。

陸前高田の北にある碁石海岸から海沿いの道を走り、陸前高田の道の駅で降車し、松原を見た。

海岸沿いの松原と道の駅の記憶しかない。震災から999日目にしてやっと再訪した。

気仙沼からバス(BRT)で陸前高田駅へ行く。もちろん、高台に設置されている。あらかじめ復興タクシーを予約しておいたので、タクシーの運転手さんの案内をききながら平地をまわった。

今の陸前高田市をどう表現すればいいのだろうか。古いものはすでに消滅し、新しいものはまだ作られていない。超巨大な工事現場に迷い込んだようなものとしか、云いようがない。

工事現場といいながら、まだ土台作りの段階で、上物は一切ない。タクシーの運転手さんの案内をきかなければ、何がどうなっているのか、現状をつかめない。

もし陸前高田に行くことがあるなら、タクシーを利用することを奨める。

奇跡の一本松を見るために、以前道の駅であったところに駐車した。道の駅は震災モニュメントとして保存する。道の駅の前に追悼施設がある。先日、キャロライン・ケネディ米大使が訪れた。

追悼施設の横に石川啄木の歌碑が建っている。

「頬つたふ なみだのごわず 一握の砂を示しし人を忘れず」

恋の歌だから、最初は違和感を覚えた。

2013年12月02南三陸町 (28).JPG2013年12月02南三陸町 (27).JPG



道の駅の前にガソリンスタンドがある。ここは2010年に来た時に写真を撮っていた。

これがその時のものである。 ↓

2010年7月三陸海岸 191-2.jpg2010年7月三陸海岸 192-2.jpg

現在は下のようになっている。セルフの看板の下が破損しているが、津波によるものである。

2013年12月02南三陸町 (26).JPG2013年12月02南三陸町 (25).JPG

道の駅から松原まで歩いた。大きな防潮堤を越えて海岸まで行った。あの防潮堤が跡形もなくなったとは信じられない。

防潮堤の大きさを実感したければ、東海道線の沼津の次の片浜駅へ行くといい。片浜駅の目の前から千本松原になっている。千本松原は富士市の手前まで延びている。松原の中に防潮堤がある。千本松原に行った時、高田の松原と同じだと思ったものだ。同じ規格で作られていると思う。

2010年7月三陸海岸 189-2.jpg2010年7月三陸海岸 188-2.jpg2010年7月三陸海岸 182-2.jpg2010年7月三陸海岸 183-2.jpg

現在の風景は松原を思い出すものはない。写真に水たまりのような場所があり、黒いものが見えるが、これがここにあった松の残骸である。根っこの部分が残っている場所がある。工事の進捗につれ、引き抜かれてしまうだろう。道の駅の横に松の残骸が置いてあった。

2013年12月02南三陸町 (20).JPG2013年12月02南三陸町 (18).JPG

現在の陸前高田のシンボルは「奇跡の一本松」だろう。既に枯れてしまって、人工的なものになっているが、これしかありません。

2013年12月02南三陸町 (33).JPG



タグ:陸前高田
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