DVD「黒衣の花嫁」(F・トリュフォ-) [映画]
監督はフランソワ・トリュフォー。主演はジャンヌ・モロー。
後年、トリュフォーはこの映画を失敗作だったと自己評価している。「レクスプレス」誌の1978年3月13日号で、カラー映画で撮ったことが間違いだったと述べている。
「復讐は許されることではないし、気高い行為ではあり得ない。復讐を称揚することによって自分の中の何かを裏切ることになった。」
夫を殺害された妻が、夫の復讐のため、犯人と目される5人の男の殺害を企て、4人の男の殺害にするが、最後の1人で失敗する。
トリュフォーは、復讐は許されないとしていたのに、なぜこの映画を撮ったのだろうか。ジャンヌ・モローに惚れていたからだろうと推測する。ジャンヌ・、モローのための映画だ。
この映画の原作は、コーネル・ウールリッチで、出世作となった。
しかし、トリュフォーの映画は結果として似ても似つかぬものになってしまった。というのは、ウールリッチの原作は最後に大どんでん返しがある。
ここが抜け落ちてしまった。
原作では、ラストで、ヒロインが復讐を企てた5人の男は、実は無罪だった。真犯人は別にいたのだ。この映画に即して言えば、ジャンヌ・モローはまったく無関係の無実な男たちに復讐し、殺害したということである。
それに殺されたジャンヌ・モローの夫も、しかるべき過去を持った男で、ヒロインがそれを知らなかっただけである。
ウールリッチの原作は、このラストのどんでん返しによる虚脱感、悲哀感、絶望感が大きな魅力になっている。極端に言えば、この原作の魅力のすべては、このラストにある。
トリュフォーがこの結末を変えた理由が理解できない。ラスト以外は原作通りなので、なおさらそう思う。
ストレートな復讐譚という点から言えば、ウールリッチの別の小説「喪服のランデブー」の方が、この映画に近い。
後年、トリュフォーはこの映画を失敗作だったと自己評価している。「レクスプレス」誌の1978年3月13日号で、カラー映画で撮ったことが間違いだったと述べている。
「復讐は許されることではないし、気高い行為ではあり得ない。復讐を称揚することによって自分の中の何かを裏切ることになった。」
夫を殺害された妻が、夫の復讐のため、犯人と目される5人の男の殺害を企て、4人の男の殺害にするが、最後の1人で失敗する。
トリュフォーは、復讐は許されないとしていたのに、なぜこの映画を撮ったのだろうか。ジャンヌ・モローに惚れていたからだろうと推測する。ジャンヌ・、モローのための映画だ。
この映画の原作は、コーネル・ウールリッチで、出世作となった。
しかし、トリュフォーの映画は結果として似ても似つかぬものになってしまった。というのは、ウールリッチの原作は最後に大どんでん返しがある。
ここが抜け落ちてしまった。
原作では、ラストで、ヒロインが復讐を企てた5人の男は、実は無罪だった。真犯人は別にいたのだ。この映画に即して言えば、ジャンヌ・モローはまったく無関係の無実な男たちに復讐し、殺害したということである。
それに殺されたジャンヌ・モローの夫も、しかるべき過去を持った男で、ヒロインがそれを知らなかっただけである。
ウールリッチの原作は、このラストのどんでん返しによる虚脱感、悲哀感、絶望感が大きな魅力になっている。極端に言えば、この原作の魅力のすべては、このラストにある。
トリュフォーがこの結末を変えた理由が理解できない。ラスト以外は原作通りなので、なおさらそう思う。
ストレートな復讐譚という点から言えば、ウールリッチの別の小説「喪服のランデブー」の方が、この映画に近い。
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