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「群衆」(キング・ヴィダー) [映画]

「群衆」という題名の作品は2作あり、ひとつがフランク・キャプラ監督作品で、こちらの方が有名。普通「群衆」というと、このキャプラ監督の映画を云う。

今回、私がDVDで見たのは1928年製作のサイレント映画である。監督はキング・ヴィダー。

サイレント映画末期の名作に数えられているが、なぜか日本では未公開だったらしい。ハリウッド映画としては、夢がないというのか、サラリーマンの日常生活をリアルに描いているからだろうか。

題名は「群衆の中の一つの顔」とした方が適切。群衆自体を描いたものではない。

ニューヨークの場面。高層ビルを仰ぐようなカメラアングルから始まる。カメラは上昇し、やがて一つの窓に入り、机を並べて働くサラリーマンの群が映し出され、その中の一人の男に近寄る。

極大から極小へと、カメラが動く。ヒッチコックだよなぁ、と思ったものである。

ラストは逆で、極小から極大へ。主人公のアップからカメラをどんどん引いていく。主人公は劇場の中にいる多数の観客の一人にすぎなくなる。

主人公のジョンは、アメリカン・ドリームの持ち主である。ビッグになる希望を持っている。友人と一緒に遊んだ女性と結婚し、平凡なサラリーマン生活に入る。子供も二人できる。

思わぬところから賞金500ドルを手にしたが、その直後、子供が事故死。自棄になったジョンは辞表を叩きつける。

この後、失業者生活の苦渋が描写されている。失望した妻は実家に帰るが、夫を助けようとジョンのもとに戻る。

平凡なサラリーマン生活を描こうとしたキング・ヴィダーの意図は成功している。戦前の日本映画の用語を使えば、これは「小市民」映画である。

特に失業後の苦しい生活の描写は小津安二郎の「東京の合唱」と酷似している。

ジョンが金にありつくためにピエロの格好をして鞠投げをする場面など、「東京の合唱」での、チンドン屋になってビラ配りをする岡田時彦の姿を思い出してしまった。

ヴィットリオ・デ・シーカの戦後の名作「自転車泥棒」に与えた影響も指摘されている。

思いあまって自殺しようとして果たせず、追いかけてきた子供を抱きしめて、生きる意欲を奮い立たせる場面はとくに印象に残る。

サイレント映画だが、見逃せない一本である。
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